旧暦の十月は、全国の八百万(やおよろず)の神々が出雲の国に集まる月といわれています。
諸説ありますが、他の地域は神様が留守にされるので、神無月(かんなづき)といい、
出雲地方では、神在月(かみありづき)と呼ばれています。
神様をお迎えする「神迎祭(かみむかえさい)」にはじまり、「神在祭(かみありさい)」、
そして神様を全国にお見送りする「神等去出祭(からさでさい)」と、
神様をお迎えするご神事が行われます。
神在祭といえば、出雲大社が有名ですが、
神在月のご神事はいくつかの神社でそれぞれの方法で行われています。
今年はいろいろなご縁があり、
佐太(陀)神社の神等去出祭に参拝させていただくことになりました。
八百万の神様の先触れとして崇められてきた龍蛇様を、
神在祭の間だけ御拝礼させていただくことができます。
龍蛇様は、この時期、荒れた天候によって浜に打ち上げられるセグロウミヘビです。
昔はこの時期に打ち上げられるウミヘビを神社に届けると
米一俵とかえてもらうことができたともいわれています。
地元では「お忌みさん」とも呼ばれ、静かに過ごす習慣がありますが、
この時期は季節風の影響もあり、まるで神様が悲しんでいるかのような曇天です。
佐太神社では、伊弉冉尊(いざなみのみこと)が
神去りました月であるという卜部(うらべ)家または陰陽道の説により、
八百万の神々は毎年この月にここにお集まりになり、母神さまを偲ばれるので
「お忌みさん」「お忌祭」と言われるようになったと伝えられています。
佐太神社では、古来からのやり方を守っていまも神事をされていて、
龍蛇様のお姿を拝礼させていただくことができます。
お目にかかったときに、久高島のイラブーを思い出さずにはいられませんでした。
久高島でも神様のおつかいとして大切に扱われ、
選ばれた人が決まった手順でしか扱うことができないイラブー。
流れついた先でもまた、神様として大切におまつりされていました。
海を渡ってやってきた神様の足跡を感じるおまつりです。
神等去祭当日の夜。
御供幣と神盃をいただき、提灯行列で山の上まで神様をおみおくりにいきます。
地元の方の話では、この日はいつも荒れた天気ではあるけれど、
不思議とこの時間だけは傘をささなければならないほどのことはないとおっしゃっていました。
民家を抜け、暗い夜道を行列は静かに山道をのぼっていきます。
いただいた御幣は、神おくりの儀式のときに、
山上につくった祭場にお願いごととともにお供えすると、
お願いごとを叶えてくださるといわれています。
山上に到着すると、それぞれ思いをこめて、御幣をお供えします。
わたしは出雲に出る直前、ちょっとしたアクシデントがあり、
もしかしたらこの旅が最後になるかもという状態にありました。
もう十分に好きなことをして生きてきて、
神さまに命乞いをしなければ、とは思いませんでしたが、
いざ「お迎え」がきたら、大切なことをまだしていないことに気づきました。
大切な人たちにお別れをしていないということに。
重いからだを引きずって提灯行列のあとに続いて歩いていると、
ひとりひとりの顔が思い浮かびました。
家族や別れた肉親、元のパートナー、すでに他界した祖父母や友人たち、
魔法使いのお仲間たち、お世話になった先生方、近所の人たち、
昔通った駅の係員の人、わたしの街に関わるすべての人、海外の友人、
ちょっとした言葉をかけてくれた人、言葉を交わすことはなかったけれど、
わたしがたしかにお世話になっていた、お野菜を作ってくれている人、
電気や水を届けてくれている人、街をキレイにしてくれている人、
そしてこれから生まれてくるわたしが創った今のその先を生きてくれる人たち……
たぶんほんの数分に何千人もの人たちのことが、わたしの意識のなかをかけめぐりました。
そしてその人の誰が欠けても、わたしの幸せはなかったし、
わたしの生活は成り立たなくて、
わたしは無数の人たちに支えられてきたことに気づいたのでした。
わたしは子どものころから、いつも理解されないと疎外感を抱えていたし、
肉親との縁も薄くて、いつもいつも孤独な気持ちでいっぱいだったのです。
大人になって、自由になり仕事を通じて魂の家族とたくさん出会えるようになって、
そのなんともいえない孤独感は薄らいではいたけれど、
それでもわたしはどこか
「この世にはわたしの居場所がない」という頑な思い込みを持っていました。
それが、この提灯行列の夜、これほどまでにたくさんの人たちによって
わたしのいのちが支えられていることを知り、涙があふれました。
こんなに泣いたのは初めてかもしれないくらい泣きました。
それは今までさんざん体験した悲しみの涙ではなくて、
これほどまで多くの人に支えられていたことに対する感謝の涙であり、
自分のいのちが受け入れられていたという安堵の涙だったのです。
2キロほどの山道を歩き、山上の祭場にわたしたちは到着しました。
人々の祈りを託した御幣が並ぶ祭場は、
まるで神様に託したお手紙が集められた郵便局のようでした。
わたしは、大切な人たちにお別れの言葉を伝えたいと思いました。
でも伝えたいことがたくさんありすぎて
何を伝えたらいいのか、まとまりませんでした。
あの人には、「ありがとう」を、
あの人には「元気でね」を、
あの人には「ごめんなさい」を……
そのとき
「ひと言だけ」
神様から促されました。
感謝の気持ちを伝えたいと思いました。
「ありがとう」
でも、なにか違うような気がしたのです。
今世、わかりあえないまま、別れなければならなかった人もたくさんいます。
今、その方たちに対してなんの恨みもなく、むしろ嫌な役目を引き受けてまで、
わたしに成長の体験させてくれたことに心から感謝していました。
そして大好きなのに一緒にいられなかった大切なわたしの肉親に。
わたしと同じ孤独を抱えながら、精一杯まわりを照らす働きを
選んでくださっているわたしの大切なお仲間のみなさんに。
人知れず、誰かの生活を支える尊い仕事をしてくださっていながら、
決して報われているとは言いがたい人たちに。
これから生まれてくるわたしの創った「今」のこの先を生きるいのちたちに。
そして気づきました。
わたしが伝えたい言葉は
”I love you.”
だったのです。
「あなたを、愛しています」
それは、またわたしが今までどれほどまでに待ちこがれた言葉だったことでしょう。
わたしは、この道を歩きながら、これほどまでに多くの人に愛されていることを教えられ、
勇気づけられ、癒されました。
そして、わたしが神様にたったひと言、託したい言葉も
“I love you.”
でした。
それが、わたしのほんとうの言葉だったのです。
たぶん、わたしが受け取ったいろんな言葉や態度、それに状況も。
この世の真実は、すべて愛だとわたしは何度も何度も聞き、知っていました。
でもこの神聖な場所で、はっきりとわかったのでした。
御幣に ”I love you.” と祈りをこめてお供えしました。
そして、神おくりの儀式とともに、神さまは、お山から各地に飛び立ち、
わたしの祈りもそれぞれの場所に届けてくださいました。
神さまは、時間と空間のない場所にお住まいなので、
行方知れずの友人にも、もうこの世にはいない肉親にも届けることができるのです。
ただし、ひと言だけ。
わたしは、そう言われたような気がしたのです。
直会のお神酒をいただいて、山を下りました。
地元の人がさりげなく案内してくださって、
雨上がりの夜の山道も無事におりることができました。
わたしたちは、わたしたちが意識しているよりずっと
多くの人に愛され、支えられているのです。
八百万の神さまをおおくりした夜、わたしはそれをはっきりと教わったのでした。

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