
思っていることを、素直に言葉にできますか?
1日のうちで、どれだけの思いが流れるでしょう。
のどが乾いたから水が飲みたい、
汚れたお部屋をきれいにしたい、
仕事に行きたくない、
上司にほめられたい、
お腹がすいた、
誰かと話したい、
この人の話はつまらない、
疲れた、眠い
・・・
いろんな思いがあなたの中に浮かんできます。
わたしたちの1日には、何万という思いが浮かんでは消えていきます。
そして、ひとつひとつの思いは、現実をうみだします。
のどが乾いたと思えば、お茶をいれて飲みますし、
お腹がすいたと思えば、パンを買いにいくかもしれません。
ひとりで過ごしていて、ひとりでできることの場合は、
このようにシンプルですが、
誰かとともに存在しているとき、思いの生み出す現実は、
少し複雑になります。
例えば、人と話したいときは、話しかけようとします。
でも、相手が忙しそうに見えたら、話しかけることができないかもしれません。
自分のことをほめてほしいと思って努力しても、ほめてもらえないこともあるでしょう。
そう、相手が必要な願望を実現させるためには、相手の協力が必要なのです。
でもわたしたちは、あまりにあたりまえな、そのことに気づいていません。
わたしたちの不満の大半は、「○○してもらえなかった」というものです。
「○○してもらう」ということが実現するには、
「○○をお願いする」ということが前提になりますが、
でも、わたしたちは、1日にどれだけの「おねがい」をしているでしょう?
お母さんやパートナーがいつもご飯を作ってくれるという環境にいる人は、
「お腹がすいた」といえば、ご飯を作ってもらえることでしょう。
「さびしい」といえば、パートナーは心配して話を聞いてくれるかもしれません。
でも、それは、あたりまえではありません。
それは、「相手の想像による好意」によるものだからです。
あなたがしてほしかったことと、違うことだってありえます。
あなたが「お腹がすいた」とき、食べたいものと違うものが出されたり、
あなたが「さびしい」とき、気づかれないこともよくあるものです。
そして、望み通りでなかったことに、がっかりしたり、ときには腹をたてたりしてしまいます。
わたしたちは、思いを口にするのが苦手です。
感情を、行動に変えるときに、「○○したい」と変えることに慣れていません。
「○○したい」とき、叶わないかもしれない、とか
「○○してほしい」とき、してもらえないかもしれない、というおそれでいっぱいで、
口にすることができないのです。
それなのに、「○○してもらえなかった」ことに、ひどくがっかりしてしまいます。
生まれたての赤ちゃんだったとき、わたしたちは、なんでも「してもらえてあたりまえ」でした。
そして、あたりまえに周りに要求していました。
そして、おそらくそれらを全部手にすることができました。
わたしたちが、自分ではそれらをすることができなかったとき、みんなが助けてくれたからです。
けれど、わたしたちは、「自分でできるようになる」レッスンをします。
叶ってきた思いのいくつかを、「自立のため」に拒絶されるということを体験します。
そうするうちに、わたしたちは、いつのまにか、傷つくことがこわくて、「本当の思い」を口にすることがとても苦手になりました。
だから、今日はあなたがもし、人間関係で、不満を抱えていることがあったら、
感情ではなく、「おねがい」を言葉にできているか、振り返ってみましょう。
「おねがい」は「要求」ではありません。
つまり、「あたりまえのこと」ではないのです。
「○○してもらえることは、あたりまえではないけれど、もし、してもらえたらうれしい」
そんな気持ちが、「おねがい」です。
「おねがい」は、叶わなかったとき、裏切られた気持ちになることはありません。
だから、傷つくこともないのです。
あなたが、そんな気持ちでひとつひとつの感情に対処できたら、
あなたの1日は、感謝で満たされるようになるもの。
「おねがい」がかなったとき、わたしたちは、喜びます。
あなたが、「おねがい」することができたとき、
ご飯をつくってもらえること、一緒にいてくれること、
すべてが「あたりまえ」から、「願いがかなう」という奇跡に変わるもの。
あなたの感情を、行動に変えるために、願いましょう。
それは、あなたの1日をミラクルにかえる、魔法になるのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことがたくさん起こります☆
感謝をこめて。
