ゆるせないことがあるとき、わたしたちの身体は緊張します。
怒りでいっぱいで、身体はかたくなり、呼吸は浅くなります。
ゆるせないことは、自分自身の身体に負担なのです。
わたしたちの多くは、加害者、被害者、が存在すると思っています。
そして、加害者の多くはパワーがあります。
弱い被害者に、害を与えるだけの力があるわけです。
被害者より弱い加害者など存在しません。
エネルギーは、強いところから弱いところに流れます。
つまり、加害者とは、被害者よりパワーがあるから、被害者に対して影響できるのです。
でも、そのパワーとはどこからくるのでしょうか?
実は被害者が与えています。
被害者の役をひきうけているとき、わたしたちは、「相手のせいだ」と思っています。
こんなつらい目にあったのは、
こんなことが起こったのは、
「みんな、自分以外の誰かのせい。」
それは、わたしが力のない存在だと、自ら認めていることと同じなのです。
そして、わたしたちが手放した自分の力を与えるのは、加害者に対してです。
あの人は、「わたしの人生に影響を与える力がある」とわたし自身が認めているわけですから。
わたしが被害者でいつづけ、誰かをゆるせないと思うとき、
ゆるせない誰かは、わたしの人生に影響を及ぼす力を持ち続けます。
それは、わたしが、自分の人生への影響力を開け放した、わたし自身の力によって。
そして、加害者の役が、罪悪感というエネルギーのロスをし続けるとさらに、
そのパワーバランスが続き、そのコントロールのドラマは続きます。
そして、被害者役の人はどんどんとエネルギーをなくします。
わたしは、小さいころから「かわいそう」とよくいわれたので、
自分自身を「かわいそう」だと長い間思っていました。
そして、人生がうまくいかないのは、
親のせいだとか、生い立ちのせいだとか、社会が悪いからだとか、
自分以外のなにかのせいだとずっと思ってきました。
今では、「かわいそう」と人がいうとき、その人自身がもつ欠乏感を理解できるようになりましたが、
ずいぶん長い間、「かわいそうな自分」をひきうけてきました。
そして、ずっと被害者の役でいつづけ、加害者をつくってパワーを与え続けていました。
加害者を恨んでいたというのに、パワーを与え続けるという狂気。
それが、エゴのつくるドラマだったのです。
だから、今日はあなたにゆるせない人がいたとしたら、
加害者も被害者も存在しない、ということを思い出してみましょう。
あなたが被害者でいるとき、あなたが与えたパワーで加害者をつくりだしてしまいます。
そんなことを、あなたはきっと望んではいないはず。
エゴに翻弄されるのをやめて、あなたの一歩を踏み出しましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。