
カルマという言葉をご存じでしょうか。
和訳すると、業といわれます。
言葉通りには「起きたこと」と解釈すればいいのかもしれません。
解釈は、取り扱われる場面や人によって、大きく変わるようですが、
今回は、スピリチュアルリーディングでよく使われる意味での「カルマ」についてお話ししたいと思います。
病気の原因、
苦しいパートナーシップ、
経済的な苦労、
さまざまな悩みを抱えていらっしゃる方のリーディングでは、
苦しい状況が起こるのは、過去に起こったカルマのせい、といわれることがよくあります。
そういう理解では、カルマ=宿命と理解されているのかもしれません。
どうしても逃れることができない因縁のようなもの、
例えば、過去に誰かを傷つける言葉を言っていたとしたら、現在、傷つく体験をすることになったり、
過去世では、自分自身が病気で、パートナーに苦労をかけてしまったカルマがあるので、
今世では、そのお返しに、ただただ、相手に尽くすという苦労を選んでいる、など。
真実かどうかを検証することはできませんが、
カルマのせいにすることで、
こころの中心にあったわだかまりがとけ、すべてが納得できたとおっしゃる方が多いようです。
わたしは、
「気持ちが楽になる」
「生きていることに前向きになれる」
ことをゴールにしていますので、
現状起こっていることの意味をハートの深い部分で納得でき、
今を受け入れていけるのなら、カルマという考えを採用してもいいと思っています。
ですが、カルマという考えは、人を不自由にすることも事実です。
実際に、「過去世のカルマで、暴力をふるうパートナーと別れられない」とか、
「先祖代々のカルマで結婚できない」など、
カルマに無力にひれ伏すしかない、とあきらめてしまわれる方もいらっしゃいます。
わたしが実際にご相談を受けていて、確信をもっていることがあります。
それは、
「同じカルマを持つからといって、同じ結果を招くわけではない」
ということです。
過去世でパートナーに苦労をかけたというカルマを持っている人がいたとしても、
今世、パートナーの横暴に耐えるという選択をしていない人もいます。
例えば、過去世でパートナーに苦労をかけたからこそ、
今世では、病気の治療のために貢献するために、医師になったり、
治療のための施設やコミュニティ作りを使命として生きるといった方たちです。
「運命は変えられるけれど、宿命は変えられない」
そんな言葉もありますが、わたしは、そんなことはないと思っています。
過去に同じことが起きたとしても、やはりわたしたちには、今、選択の自由が与えられているからです。
過去に犯罪を犯したら、ただひたすら罪悪感に苛まれ、懺悔の日々を送らなければならないのでしょうか。
もしかしたら、その反省から、より建設的な方向へとエネルギーを使うこともできるかもしれません。
カルマという考えは、動機づけのひとつの方法です。
それも、「今」に意味を持たせるための、
もっというなら、「今」をありのままに受け入れていくためのひとつの方便なのかもしれません。
わたしたちは、「今」の状態を受け入れられないとき、苦痛を感じます。
彼が連絡をくれないこと、
彼女が他の人を好きになってしまったこと、
パートナーが暴力をふるうこと、
好きな仕事をできていないこと、
お金が十分に足りていないこと……
ありとあらゆる「今の状況」に対する不満こそが、苦しみの本質です。
今という状況は、たしかにあなたが起こした業の結果です。
いいこと、悪いこと、の関係なく。
鐘をつけば、音が鳴るのと同じように、
今の状況は、あなたの行いの結果なのです。
あなたがもし、そのシンプルな事実を受け入れられたとしたら、
あなたは、今この瞬間に、苦悩から解放されます。
ストレッチをしていて痛みを感じたとき、緊張して体を硬くするとさらに痛みは増します。
受け入れないでいようと身構えるほどに、苦しいものです。
わたしたちの現実も、同じこと。
「ああ、今起こっていることには、意味がある」
そう思って受け入れたとき、苦痛はひかりとなって、あなたの中へと溶けていきます。
カルマという考えは、ただそのための助けです。
だから今日は、あなたが「カルマ」のために、動けなくなっていたとしたら、
「カルマ」には、約束された結果などないということを思い出してみましょう。
あなたの今には、いつもあなた自身の選択の自由が渡されています。
あなたは、いつも、まっさらな今を受け取っています。
あなたが、一番心地よく今を受け入れていけるように、選択していきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
