最近は、子育て中のお母さん、お父さんの悩みをよく伺うようになりました。
「いい教育を受けさせてあげたい」
「幸せになってもらいたい」
「自信をつけさせてあげたい」
親御さんにはいろんな思いがあります。
幸せになってほしいという強い願いです。
不思議なことに、思いが強い方ほど、その思いがお子さんに伝わらなくて
つらい思いをされていたりします。
「子どものため」という思いは、残念ながら、
お子さんには届かないことが多いようです。
それは、真実ではないからです。
「誰かのために役にたちたい」
これは、生きるために必要な動機なのだと思います。
「わたしなんか、なんの役にも立たない無価値な人間だ」
そんな思いを持ちながら、生きる自分を肯定する気持ちには、誰もがなれないものです。
だから、無価値観を抱えた人は、いのちが終わる瞬間をただ呆然と待ち続けるか、
または、無価値だということを証明するかのように、人や社会への反発という形で
自分のいのちを否定する行動に走ってしまうか、どちらかを選んでしまうようです。
後者の場合、「自分さえよければいい」のかと他人の目には映るのかもしれません。
ですが、「自分さえよければ」と深い意識で感じている人は、実はいません。
この世に自分だけ残ることがなにを意味するかは、明らかです。
人は残念ながら、ひとりでは生きていけません。
食べるもの、使うもの、生活のあらゆる部分は他の誰かに支えられているからです。
わたしたちは、本能的にそれを知っています。
「子どものために、いい教育を受けさせてあげたい」
「豊かな暮らしをさせてあげたい」
あらゆる、「子どものため」という願いは、親御さんご自身への思いであることが多いようです。
ご自身が望まないことを「お子さんにしてあげたい」と思うことはありません。
お子さんに「してあげたい」ことは、「自分がしてほしくて叶わなかった」ことなのです。
親というものは、子どものためにと一生懸命がんばりますが、
子どもからは「親の自己満足」くらいの評価しか得られないことが多いものです。
実際そうなのかもしれません。
子の立場を振り返ったとき、「ありがた迷惑」と思ったことが一度もない、という人はまれでしょう。
子どもは、「自分の力で生きている」という根拠のない自信を持っているもの。
もちろん、経済的に、もしくは、社会のルールを学ぶということでは、親の力を必要としていますが、
「親はなくとも子は育つ」のです。
逆に、「親なしでは生きていけない」という恐れでいっぱいのお子さんがいたとしたら、
それは大変なことなのかもしれません。
だから今日は、あなたがもし子育てを重荷に感じていたとしたら、
「親はなくとも子は育つ」という言葉を思い出してみましょう。
あなたが背負わなくても大丈夫。
お子さんは自分の力でちゃんと生きていけるもの。
どんな人も、生きる力をもっています。
親の愛情がなくても、
お金がなくても、
家庭に恵まれなくても、
勉強ができなくても、
肉体的な健康に恵まれなかったとしても。
みんなみんな、ぴかぴかの美しい魂をもっています。
家族とは、長い長い魂の歴史の一部の時間を一緒にすごそうと決めた、対等な存在。
子どもだから、親だから、という重荷から自由になって、
ありのままをみつめてみませんか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。