
しあわせを、なにかにゆだねていませんか?
結婚していないから、
両親が離婚したから、
お母さんが厳しかったから、
子どもがいないから、
パートナーが浮気したから、
お金がないから、
仕事がないから、
彼がやさしくしてくれないから、
・・・
わたしたちが、しあわせを感じられないとき、
わたしたちには、「ふしあわせの理由」があります。
そして、わたしたちは、しあわせになるために、
その理由をひとつひとつ、解決しようと試みます。
でも、多くの場合、どんなにどんなに問題を解決して、
しあわせを手にしたとしても、
あらたな「ふしあわせの理由」がうまれてきて、
しあわせは長くは続かないものです。
そしてもうあなたは、わかっているはず。
そう、「ふしあわせの理由」は、なくなることがないのです。
たった、ひとつの魔法を、あなた自身にかけないかぎり。
それは、あなた自身が「しあわせを決める」という主体性を取り戻すこと。
結婚していないこと、
両親が離婚したこと、
お母さんが厳しかったこと、
子どもがいないこと、
パートナーが浮気したこと、
お金がないこと、
仕事がないこと、
彼がやさしくしてくれないこと、
・・・
多くの人は、それをふしあわせだと思います。
そのように、教わってきたからです。
世間から、両親から、周りの友人たちから・・・
だから、あなたの痛みに、共感してくれるでしょう。
でも、それは、麻酔薬のようなもの。
あなたが背負った傷の痛みは、あなたの周りの共感で消え去ったとしても、
傷そのものが、消え去ることは、ありません。
傷そのものが、消えてくれない限り、
あなたに、しあわせが訪れることはないのです。
傷つくのは、あなたが、「ふしあわせだ」と判断しているときだけです。
あなたが、「しあわせだ」と思っているとき、どんなことも、
あなたを傷つけたりしないのです。
あなたが、ふしあわせの判断をやめたとき、
結婚していないことは、理想のパートナーと巡り会う可能性として、
両親が離婚したことは、家族という枠組みのかたぐるしさからの解放として、
お母さんが厳しかったことは、あなたのそのすばらしい品格として、
子どもがいないことは、育児に翻弄されない自由さとして、
パートナーが浮気したことは、新しい関係の可能性として、
お金がないことは、お金を失う恐れにわずらわされないという安心として、
仕事がないことは、ライフワークとの出会いの可能性として、
彼がやさしくしてくれないことは、愛を与える人になるという気高い使命として、
ギフトとして受けとることができます。
しあわせになるということは、
ふしあわせという判断を手放すこと。
だから、今日はあなたが「ふしあわせな理由がある」と感じていたなら、
「あなたにしか、しあわせは決められない」ということを思い出してみてください。
しあわせかどうかを判断する権利は、あなたにだけあるのです。
あなたにしか、なにがしあわせかを、決める権利がありません。
誰かの判断を、受け入れなくたっていい。
たった一度の、あなただけの人生なのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
