なにかを争うというのは、とても疲れることですね。
わたしはもともと「いい子」だったので、
間違ったこと、正しくないことが大嫌いでした。
だから、「間違い」を見つけては、人を判断したり、
それを直そうとしてみたりしていたので、
人間関係がいつも摩擦だらけでとても疲れるものでした。
さすがに年齢を重ねると、そのようなトラブルが
なんの利益ももたらさないことに気づくようになったので、
争わないようになりました。
ですが、争わなくても、心はざわつき、ストレスが溜まることもしょっちゅうでした。
ストレスを感じるたびに、自分の思いこみや決めつけに気づき、
手放すようにしてきましたが、
ある日ふと、気づいたことがありました。
「相手が、自分自身なのだとしたら、打ち負かす相手も自分なのだ」
わたしたちは、自分の思いこみで、人を見ています。
どんな人でもそうです。
ありのままをみているつもりでも、
「わたし」という考えのフィルターを通してしか、
何ごとも見えません。
わたしがみている「あの人」と、
あの人のお母さんがみている「あの人」は、同じではありません。
わたしが今、腹を立てている「あの人」は、失礼な人かもしれないけれど、
親思いでやさしい人かもしれない。
わたしがみている「あの人」は、やはりわたし独自にみている「あの人」でしかないのです。
つまり、わたしの幻想です。
わたしが、わたしがつくり出した幻想に対して怒っているとき、
結局は、わたし自身に怒っているだけです。
「こうするのがあたりまえ」
「このようにしたらいいのに」
わたしの考える「あるべき姿」に傷つき、怒っているだけだということに、ようやく気づいたのでした。
自分に対して争うわけですから、
勝っても、負けても疲れるはずです。
誰かと戦うエネルギーは、
発すること自体が破壊的なエネルギーですが、
さらに自分自身がそのエネルギーをうけるのですから、
ダメージは相当のもの。
だから今日は、あなたが争うことを止められないとしたなら、
あなたがみているあの人は、あなたの幻想なのだということを
思い出してみましょう。
あなたの幻想は、あなた自身の痛み。
あなたは、ただ気づきたいだけ。
あなたを苦しめている、観念の縄に。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。