
かわいそうなあの人を、助けてあげたいと思うでしょうか。
会社の愚痴ばかりの同僚を、
苦しい恋愛を繰り返す友人を、
お金の問題を抱えているパートナーを、
お酒の失敗を繰り返す恋人を、
放っておけない気持ちになる誰かを、わたしたちは、助けてあげたいと思うものです。
でも、それはうまくいきません。
わたしたちは、助けたい誰かのことを「癒されていない人」だと思っています。
「助けてあげたい」人は、「助からなければならない」人だからです。
つまり、不完全な人だということです。
外の世界にみるものは、実はわたしたちの思いそのものです。
外の世界は、わたしのこころの内面のうつし鏡にすぎません。
癒されていないわたしが、癒さなければならないわたしを、
誰かの姿にみているだけのことなのです。
だから、わたしたちは、相手を癒そうとするとき、
鏡になにかすることで、うつる姿を変えようとするように、うまくいかないのです。
助けたい誰かは、底なし沼のような欲求をもっています。
お酒も、お金も、仕事も、人間関係も・・・
どんなに手に入れても、満たされるということがありません。
手に入れたら、もっとといいます。
たぶんそれに、もうあなたは気づいているはずです。
それが、依存という病の本質だからです。
だから、今日はあなたがもし助けたい誰かのことを悩んでいたとしたら、
「助けなければならない人はいない」ということを思い出してみましょう。
わたしたちは、みんな完全な存在です。
意味があって、今この瞬間にいるのです。
あの人を癒そうとしているとき、あの人は、癒されていない存在だということ。
誰かがそのようにみえるとき、あなたは、愛の目でみることから遠ざかっています。
人を癒せるのは、愛しかない。
だとしたら、まず、わたしが愛にかえること。
人を助けることはできなくても、わたしが助かることはできる。
愛を感じるとき、わたしたちは、満たされています。
わたしたちは、ひとつ。
わたしの癒しが、大切なあの人の癒しになるのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
