
瞑想するときは、呼吸に集中するとよいといわれます。
呼吸だけに集中することは、意外と難しいものです。
1分だけと思ってもなかなかできません。
今晩の夕食のこと、
返事をしそびれているメールのこと、
明日の予定、
今月の支払い、
パートナーが今どうしているか、
寒いから、暖房をかけるべきか、
隣の部屋の電気を消したかな・・・
いろんな思いや考えがよぎります。
楽しいことやうれしいことであったりもしますが、
考えごとの多くは、
心配ごとであったり、
しなければならないことであったりがほとんどです。
わたしたちの思考のほとんどは、「しなければならないこと」で占められていて、
いつもじたばたしているように感じます。
わたしたちにとって、生きているということは、呼吸をすることと同じです。
呼吸をしているということは、生きているという証でもあります。
わたしたちは、普段、呼吸を意識することはありません。
つまり、わたしたちは、意識しても、しなくても、息をすることができるのです。
人が死ぬことを、「息をひきとる」といいますが、
息は、神さまからいただいている贈りもので、
使命を終え、肉体を離れるとき、神さまがひきとっていかれるのかもしれません。
わたしたちは、人生に悩み、苦しみ、がんばらなければとあがきます。
ですが、すべての問題は、いのちある限り、乗り越えられるものです。
がんばっても、がんばらなくても。
多少の結果の差異があったとしても、わたしたちはいつも助かってきました。
だから、今日はあなたがもし苦しみの中にがんばることに疲れていたなら、
あなたの呼吸に少しだけ意識を集中してみましょう。
あなたが、この瞬間まで忘れていた息をしているという奇跡を思い出してみて。
あなたが、深い悲しみのふちにいるこのときも、あなたは生かされている。
呼吸という奇跡を与えてくれている、大いなる存在に。
あなたは、生きているのではなく、生かされているのですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことがたくさん起こります☆
感謝をこめて。
