「あなたの与えるものが、あなたの受けとるもの。」
このような教えに、もうあなたはふれたことがあるでしょうか。
あなたが、それを実践してみて、愛が返ってくることを実感できていなければ、
与え方のコツがつかめていないのかもしれません。
わたしたちには、多くの場合、「与えた人から、その場で受けとることができる」という強い信念があるようです。
わたしたちが、お店でお買い物をするとき、
お金をお店で支払うことによって、商品をうけとることができますし、
わたしたちは、親切や、プレゼントを受け取ったら、「ありがとう」と返すようにと教えられています。
「その場で返すこと」は、わたしたちの生活の中で、当然のきまりとなって運用されているために、
逆にわたしたちは、「その場で返してもらうことがあたりまえ」と、
相手に期待して裏切られたと思うこともしばしばです。
そして、せっかく「相手に喜んでもらいたい」とプレゼントしたのに、
喜んでもらえなかったとがっかりしてしまったり、
「彼を励まそう」と思ってメールしたのに、
返信がなかったことを「嫌われているのかも」と心配になってしまって、
コンタクトするのを止めようとしてしまったり、
一番最初に確かにあった、「愛を与える」という純粋な気持ちから、どんどん遠ざかっていってしまいます。
ですから、「見返りを期待しないで与えよう」
そのように決意したとしても、
「与えたら、その場で返ってくる」
という観念が、邪魔をしてうまくいかないのです。
だから、今日は、あなたがもし、「与えても、与えても、報われない・・・」
と感じていたなら、
「与えたら、その場で返さなければならない」
という思いこみを手放してみましょう。
「与えたら、その場で返さなければならない」という気持ちに縛られて、
わたしたちは、与えることの喜びも、与えたことの当然の結果も見失ってしまっているのかもしれません。
「まいた種は刈り取らねばならない」
という教えのとおり、
わたしたちの蒔いた愛の種は、必ず芽が出て、豊かな収穫の時を迎えます。
でも、あなたが思いこんでいる場所に、その種を蒔いているわけではないのです。
目の前の人に与えた、あなたの愛の種は、
あなたの知らない、神さまの畑で収穫の時を待っています。
与えた、その場所で、返ってくるときもあれば、
思いもかけない場所で、受けとることもある。
受けとるのは、確かにあなたの与えたものに、見合うもの。
「あなたの目の前にいる人に与えると、あなたには目に見えない神さまを通して返ってくる。」
わたしたちは、やはり、自分自身の蒔いたものしか、刈り取ることができません。
あなたが、その場での収穫にこだわって、種をまくことを止めてしまうと、
得られるものはなくなります。
あなたが、このルールをもしも知っていたとしたら、
それでもなお、あなたは、その場の収穫に、こだわってしまうでしょうか。
それとも、神さまの畑でさらなる豊穣のときを迎えることを楽しみに待つことを選ぶでしょうか。
どちらを選ぶのも、あなた次第。
あなたが幸せになる考えを選んでいいのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。