
今日2月27日は、International Polar Bear Day。
しろくまの日だそうです。
去年うまれたシロクマの赤ちゃんSiku
Sikuは、イヌイット語でSea Iceなんだそう。
しろくまは、地球温暖化防止のためのシンボルになってますね。
実際、氷がはる時期が遅くなっているのは確かで、わたしがチャーチルにでかけた2009年も、通常なら氷がはる時期なのに、気温が下がらず、しろくまが、ひたすら氷をはるのを待っている(ように見える)光景もみました。
ただ、その分、氷がとける時期が遅くなっているという情報もあり、本当のところ、どのように影響があるのかはわかりません。
ですが、海を汚さないように意識したり、自然環境に負荷がかからないように気をつけて生活したいなと思っています。
わたしにとってのしろくまは、「家族」に対する思いこみに気づかせてくれた存在です。

しろくまは、母と子だけで生活しています。
母と子が仲よく歩いている姿はほほえましくて、けなげに生きてていいなぁと思うのです。
しろくまのメスは、子どもができると、ひとりで巣作りして、ひとりで出産し、ひとりで子育てします。
その間、メスを守ることも、エサを運んでくることも一切ナシ。
一方、オスはというと、ひとりでのんびりしているか、たまに仲間にあうと、お相撲して遊んだりしています。
こんな風に。

しろくま(オス)をみていたら、なんだかふつふつと、怒りがわいてきたのでした。
「お母さんに子育てを任せっぱなし、無責任なお父さんだなぁ。もう!!」
それは、わたしのまったく勝手な投影です。
本当はお父さんにそばにいてほしかったんだよ!というわたしの思いの。
でも、もっというと、「お父さんが育児に関わるのがあたりまえ」という人間界の共通意識とそれに対する思いこみでもありました。
当のしろくまの子どもは、「お父さんがいない」ことを悲しんでもいないし、
しろくまのお母さんは、「育児を協力してくれない無責任なオス」に腹をたててもいないし、
遺伝学的にはお父さんと呼んでいい、オスのしろくまだって、自分が「お父さん」だなんて思ってもいないはずなのです。
だって、そんな概念がないのですから。
わたしたちは、いつも自分の信じる「あるべき姿」を通して世界をみています。
わたしは、「家族とは両親がそろっているもの」という思いこみを通して、両親なんて概念のないしろくまの世界に勝手に腹をたてていたわけです。
もともと、わたし自身も「両親がそろっていない」ということで周囲から「かわいそう」と思われ、自分もそう思って傷ついてきたひとりだったのにも関わらず、
わたし自身が、しっかりと自分を傷つける「家族という概念」にとらわれていたのでした。
当時も今と同じように、カウンセリングのお仕事をさせていただいていましたが、家族のありようで傷ついたり、生きづらさを感じている人が多く、そのセラピーがわたしの仕事の中心でした。
わたしがつくりだした「自分を苦しめる概念」があるだけだった。
この旅でしろくまから受けとったメッセージで、わたしは「傷ついた心を癒す」ことから自由になり、セラピーの手法も「傷ついた体験を癒す」ことをやめました。
傷ついた体験を癒しても、それで楽にはなりません。
ひとつ癒しても、またひとつ。
どんどん思い出してしまう、たぶん多くの方は同じ体験をされたことがあるでしょう。
現世が終われば、過去世へと。
人は何千回も転生していると言われていますから、それこそ無限に同じような痛みはでてきます。
自分を傷つける概念から、自由になること。
それだけでいいのです。
わたしたちは、傷ついた過去があるのではなく、今の自分を苦しめている思いこみがあるだけなのですから。
今のわたしは、しろくまを見ると、「お父さんがいなくても、完璧なすばらしい家族」と思えます。
そして、ペンギンが、カップルで肩をよせあって、たまごを抱いている姿をみると、憧れます。
でも自分のありようを悲しんだりしなくなりました。
わたしたちは、好きな考えを選んでいいのです。
わたしをラクにする考えを選びましょう。
傷ついていて、いいことなんかありません。
痛みが痛みを引き寄せていきますから。
そんな、気づきを分かち合えたら。
そんな願いではじめたのがしろくまサロンです。
新しい価値観を分かち合いに、いろんな人がボランティアで、お話にきてくれました。
今年は、また楽しいイベントをしたいと思います。
すてきな生き方をしているゲストをお招きして。
楽しみにしていてくださいね☆
シロクマSikuの画像はこちら
http://www.skandinaviskdyrepark.dk/index.dsp?area=389。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
