
『A Course in Miracles(奇跡のコース)』では、「特別性は存在しない」と教えています。
大好きなあの人は、「特別な存在」ではないし、
あなたもまた、「特別な存在」ではないのだと。
子ども、お年寄り、男女、障がいをもつ人、肌の色、国籍……
わたしたちの目には、確かに違いを認識しています。
でもこれは、肉体の目がみる幻想なのだと。
わたしたちの目には違って見えるけれど、実は同じで、
違うと感じさせるのは、エゴの仕業なのだということです。
実際に、エゴはわたしたちの心を苦しくさせるように動くものですが、
「彼は自分にとって特別な存在」と思うとき、
彼との離別は、とても苦しいものになりますし、
「わたしは会社にとって特別な存在」と思っているとき、
それを裏切られるようなことが起こり、
立ち直れなくなるということがよくあります。
やっぱり、「特別な存在」というのは、幻想なのでしょうか。
特別な存在について考えていましたら、
金子みすゞさんの有名な詩の一節が浮かびました。
「みんなちがって、みんないい」
(金子みすゞ 「私と小鳥と鈴と」より)
たしかに、わたしたちは違うようです。
足の速い人、勉強のできる人、工作が得意な人、お料理が上手な人。
身体の不自由な方も、そうでない人も、経済的に豊かな人も、そうでない人も存在します。
でも「特別性など存在しないから」と、
助けを必要としている人に無関心でいましょう、ということではないような気がするのです。
わたしたちは、得意なことがそれぞれ違うので、世の中の仕事を分業して、
ひとりで全部をまかなうよりずっと楽に豊かに暮らすことができているからです。
「特別性は存在しない」という言葉の本当の意味は、
いろんな人がいて、たくさんの違いがあるけれど、
そこには優劣は存在しないのだということなのかもしれません。
だから今日は、あなたがもし誰かを特別に感じていて、
その痛みを感じていたとしたなら、
「特別性は存在しない」という言葉を思い出してみましょう。
よくできる同僚にコンプレックスを持つ必要はないのです。
得意なことに違いはあるけれど、
同じだけのあなたのすばらしさがあるはずなのです。
誰かにコンプレックスを感じるとき、
わたしたちは、自分の才能に気づくチャンスかもしれません。
わたしたちには、優劣は存在しません。
わたしたちは、まだ気づいていない、すばらしさを持っているということなのですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
