
親なのに、わかってくれない。
娘なのに、わかりあえない。
他人だったらゆるせることが、家族だからゆるせない。
そう悲しんでいる方は、とても多いかもしれません。
わたしたちは、家族なんだから、「同じ価値観を共有している」、
もしくは、「共有すべきだ」という思考にとらわれてしまって、
家族を愛せない、と悩むこともあるでしょう。
一卵性母子(おやこ)という言葉がはやった時期もありました。
わたし自身もそうだと思っていましたし、
母からそういわれていたこともありました。
母の感覚が完全に自分のもののように思えていたのです。
そして母の理想がわたしの理想と信じて、そのように生きていました。
母が喜ぶようにと、おとなびた優等生でいたからか、
子どもの世界で浮いてしまい、いじめられましたし、
母が望む仕事に就くことが、自分の希望でもあると信じて選んでいたのですが、
なぜかどの仕事もまったく続かず、つらい思いをしました。
母の望むパートナーをみつけて、母の理想の暮らしをしようとしましたが、
結婚生活も長続きしませんでした。
パートナーには「本当は自由な人なのに、違う人みたい」と言われましたが、
なんのことだか、言われていることがさっぱりわかりませんでした。
その言葉がようやくわかったのは、ことごとく人生がうまくいかなくて、
海外放浪をしたり、人並みでない生活を体験したあと、
実の父と会ってからです。
実の父は母と違って、どちらかというと自分勝手で自由な人でした。
「ああ、この人と似てたのか」
そう思いました。
わたしは実の父とは生まれてすぐ別れてしまって一度も会ったことがなかったので、
わたしにとって、親は母だけでした。
母からも「一卵性母子」と言われていましたし、今思えばそれを選択していたのでしょう、
母の価値観を全部自分だと思って生きてきました。
わたし自身にも、「親とは同じ価値観であたりまえ」
という思い込みがしっかりあったのです。
そして自分に起こる問題に、母の考えで対処していました。
それを、本当の自分だと思って。
でも、ことごとくうまくいきませんでした。
今なら、わかる気がします。
元のパートナーが言ったように、
他人からみたわたしは、自分が信じている母にそっくりな人ではなく、
父のような自分勝手な自由人だったのでしょう。
そんな自分勝手な気ままなわたしに対して、みんなが寄せる感情に、
わたしは、優等生として対応していたわけです。
このちぐはぐな感じ。
うまくいくわけは、ありません。
仕事もそうでしたし、結婚もそうでした。
散々、失敗を繰り返して、ようやくわたしは、
「母と違う」ということを受け入れられるようになり、
自分に合った仕事、生き方を選べるようになりました。
それでもときどき、「母を悲しませて申し訳ない」と思うときがあります。
でも、仕方ないことなのかもしれません。
やっぱり、親子は、同じではなく、違う価値観をもった、それぞれのひとなのです。
そして、そう思えるようになったら、
ありのままの母との関係を受け入れられるようになりました。
全く違う魂が、家族という役割を共に生きようね、と決めただけの関係が家族です。
家族という役割も、それぞれのグループによって違います。
一緒に暮らす家族もあれば、別れて暮らす家族もあるし、
憎みあうという体験をするグループもあります。
全部、それぞれの魂がきめた「家族像」を演じていくというだけのこと。
家族という場は、いちばん大きな学びの場だといわれることが多いですが、
それは、違う価値観に触れる、ということなのかもしれません。
まったく同じ価値観だけでいたら、成長はありませんから。
違ってこそ、より深く関わり成長すると決めた縁の深い関係なのでしょう。
だから今日は、あなたがもし家族に対して「わかりあえない」と感じていたなら、
家族もまた、それぞれの価値観を持っている、全く違う個人の集まりなのだということを
思い出してみましょう。
あなたがつらいのは、あなたが家族とわかりあいたいと思っているから。
違いを認めても大丈夫。
わたしたちは、違っていても、お互いをいつかはわかりあえるのです。
だって、わたしたちは、家族という役割を決めてきたソウルメイトなのですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
