わたしは、癒そうとしないセラピストです。
それでもわたしのもとに来てくださるお客様はとても癒されています。
新しく来られた方は、そういうお客様を見て、
彼女たちにはもともと悩みがないから楽しいのだろう、と思われるようですが、
もちろん彼女たちにも、それぞれ悩みがありました。
わたしはある時期まで、心の傷を癒したり、過去世を癒したりという
あらゆる手法を試しました。
ですが、その一方でわたしは、セラピーによって
問題の原因であるはずの「トラウマ」は解消できても、
問題そのものが解決することはなく、
また新たな「トラウマ」がみつかる、
ということにも気づいていました。
生まれてから現在までの点検が終わると、過去世へ。
問題の原因を探すセラピーは、果てしない旅路です。
旅をやめたときに初めて、旅の終着点にたどり着くという
壮大な旅なのかもしれない、と思うようになりました。
ですので、わたしは、
「問題の原因を見つけて、癒す」というセラピーをしなくなったのでした。
次に取り組んだのが、「モノの見方を変える」という手法です。
「あなたなんか生まなければよかった」と親に言われたことがトラウマで……
という話をよく聞きます。
わたしもそう思っていた時期がありました。
でも実際には、一度言われたことで立ち直れないほど傷つく人もいますし、
それが気にならない人もいます。
できごとがトラウマになるのではなく、できごとがトラウマに見えるだけ。
だから、モノの見方を変えれば、
トラウマも、たからものにもなる。
わたしのセラピーの手法はそれになりました。
ですが、東日本大震災を境に、見える世界が変わるようになりました。
「人は、癒される必要などないのではないか」
そう思うようになったのです。
苦しみを取り除くことは大事です。
歯が痛ければご飯をおいしく食べれませんし、
カラダが痛ければ、幸せに暮らすことは難しいでしょう。
だから、なるべくなら痛みが和らぐほうがいいなと思います。
(本当は、痛みがあるからこそ、健康のありがたさがわかり、
身体を大事にしたいと思えるのですけれど)
でも、心はどうでしょうか。
悲しみ、
苦しみ、
憎しみ、
喜び、
愛、
安心……
悲しみや憎しみがあるから、喜びや愛を感じることができるし、
また、愛や喜びを知っているからこそ、寂しさや怒りに気づけます。
つまりは、片方だけでは成り立たないのです。
わたしたちの生きている世界は、いろんな感情を表現する場所です。
楽しいとか、
うれしいとかだけでなくて、
悲しいとか、つらい、という体験もこの世でしかできません。
危険なことも、死んでしまってからではできません。
危険なことというのは、生きているうちにしか体験できないものなのです。
たぶん、意地悪もできないし、
大好きな人にハグすることもできません。
だから、いいとか悪いとか関係なく、
やってみたいことを思いきりしたらいいんじゃないか、
と思うようになったのです。
わたしは、この世はカラオケボックスみたいなところだなぁと思うのです。
悲しい歌が好きな人、
元気な歌が好きな人、
静かな歌が好きな人、
歌わない人、
タンバリンを叩くだけの人……
いろんな人がいて同じ時間を楽しんでいる。
一緒にカラオケに行くなら、どんな人がいいでしょう。
わたしだったら、悲しい歌を歌いたいときは、一緒にその世界にひたってくれたり、
明るい歌を歌うときは、ノリノリで盛り上げてあげる人がいいなぁ、と思うのです。
もちろん失恋直後に失恋の歌にはまり込んで、
現実との境目がつかないくらい凹んでしまったら、
気分を変えようと明るい曲に変えてくれる人がいいなとは思います。
でも、毎回「明るい曲以外は歌っちゃだめ」みたいな雰囲気だと楽しめません。
以前のわたしは「ポジティブ」でいることに執着していたように感じます。
本当は「できごと」は「できごと」であって、
その現実に「いい」も「悪い」もありませんし、
「ポジティブな考え方」も「ネガティブな考え方」にも
「いい」「悪い」はありません。
以前のわたしは、「明るい歌」にこだわっていただけでした。
今のわたしは、演歌や歌謡曲を歌う人も大好きになりました。
だって、それが人生なのですもの。
人生は、カラオケボックスみたいなもの。
せっかくならいろんな歌を目いっぱい歌いませんか。
とことん、その世界にひたりきって。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。