2010年、聖なる年(アーニョサント)にスペインの巡礼路 Camino de Santiago(カミーノ) を歩きました。
その様子はこちらhttp://ameblo.jp/gypsyrico/themeentrylist-1-10029901900.htmlに少し書きましたが、聖なる年と定められている年は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)の大聖堂の、聖なる門(Puerta Santa)が1年間開かれ、 この門を通りぬけると今までの全ての罪が清められると言われています。
その年に思い立ち、巡礼をしたことで、ゆるされたのかもしれません。
旅のあと、私ははっきりと受け取るメッセージが変化したことに気づきました。
旅に出る前のわたしは、スピリチュアルヒプノのセラピストとして仕事をしており、いろんなセラピーを通して自分を癒し、人が癒されるのをお手伝いしていると思っていました。
もともと、共依存がテーマだったわたしは、わたしの力で、癒すのではなく、その人のもつ力で癒されることが大切だと思っていましたが、この旅を終えてからは、はっきりと、「癒される必要はない、わたしたちはすでに癒されているのだから」というメッセージを受け取るようになりました。
昨年ごろから、わたしが過去を癒すことを目的としたセラピーをしなくなったのは、そのような流れからです。
わたしたちは、過去が癒される体験を楽しむことはできますが、過去を癒すことで、「癒しが完了」することはありません。
セラピストを目指したわけではなく、奇妙な導きによって、ご相談にのるようになったわたしには、ご相談をお聞きすること、そしてその解決のためのメッセージをお伝えすることは、「仕事として」割り切れるものではありませんでした。
過去にフォーカスしてセラピーをしていると、「癒される必要があるもの」は、次々にあらわれ続けます。前の恋愛、学生時代、幼少期、そして過去世へと。
わたし自身が、ご相談者を通して、メッセージをうけとることが喜びでしたが、セラピーで見違えるように元気になって戻られた方が、違うレベルではありますが、また「癒されなければならない過去」をもって戻ってこられることを、「魂の家族のひとりとして」は素直に喜べない気持ちでいたからです。
巡礼後、はっきりと「過去のセラピーはしたくない」という気持ちになりました。
なぜかはわからないのですが、わたしには、「やりたい」と思えないのです。
なぜかはわからないまま、せっかくご予約をいただいてもお断りすることが続きました。
そんなある日、夢のようなビジョンをみました。
暗い、暗い、トンネルの中のような過去への道を、わたしは、歩いていました。
私は今まで体験した「トラウマ」が映像となって、その空間のいたるところに流れていました。
わたし自身の離婚や、いじめの体験、母とのこと、父のこと、うまれたときのこと、過去世にも同じようにたくさんのトラウマが存在しました。そのトンネルは、ずっとずっと闇の中へと続きます。
そのとき、わたしは知りました。
ああこれは、永遠に続くのだと。
この、暗いトンネルには、この先にもずっと、「トラウマ」の映像がつきることなくちりばめられているのだと。
そして、わたしは、そのトンネルを過去へと進むのをやめ、元に戻ることに決め、振り返りました。
その奥には、ものすごい光がさしていました。
そして、その光に近づいていくと、そこには、光の世界へのたったひとつの出口がありました。
ひとつの門が開かれていました。
その門をくぐると、そこは光の世界でした。
そして天国のような景色がひろがっていて、わたしの過去の楽しかった思い出の映像が流れていました。
世界中の美しい景色、人々の笑顔、母がくれたプレゼントや優しい言葉、お別れを選んだ人との優しい思い出、楽しかった過去世・・・。
それは、まるで聖なる門でした。
そこを通ったとたん、光に包まれ、わたしが通ってきたはずの過去はすべて美しい優しい思い出ばかり。
まるで、聖なる門を通ったとたんに、過去の罪がすべてゆるされるという言い伝えのとおりに。
そして、その暗い闇のトンネルにある、たったひとつの出口である「聖なる門」がある場所は、「今」なのだと知りました。
わたしたちは、トラウマだけしかない闇の世界と、やさしさとひかりに満ちた愛の世界、どちらの世界へも自由自在に移動することができるのだと知りました。「今」という場所にある「聖なる門」を行き来することによって。
そのビジョンをみてからは、わたしは体験することだけにフォーカスしたワークショップを催すことにしました。
「今この瞬間を、自分らしく、楽しむこと」それだけに集中してワークをしてきました。
多くの悩みは、人間関係のヒエラルキーによって起こります。
親子、職場、学校、そしてお金の問題すら、自分より力を持った人との関係によって持つことを選んだ信念からくるといっても過言ではないでしょう。
ですが、人は慣れ親しんだ人間関係のパターンを創りだしてしまいます。
そうして、また癒しを求める場で「先生」という幻想をみて、それが崩れてがっかりするという、いつもの苦しいシナリオを繰り返すのです。
ですから、わたしはいつもひとりの参加者として同じ立場にあり続けるようにしていました。
もちろん、わたしの開催するワークショップですので、お客さまの期待もあって、完全にはそうならないのですが、わたしはいつも、その場所を魂の家族の同窓会のようでありたいと思っていました。
そして個人セッションで出会う方とも、同じように、「今」だけにフォーカスしてセッションするようにしました。
今、わたしのまわりには、力強いひかりがあふれています。
「今」の体験だけが、人を変えるのだ。そう確信するようにもなりました。
わたし自身も、ヒーリングを受けたり、話を聞いてもらったりして、「癒される」体験を楽しむことがあります。
それは、温泉に入ったり、レジャーを楽しむのと同じようなもので、癒されるという体験を楽しんでいるのだと思います。
それは、まるで、あの門を通って暗いトンネルにいったりして、ひかりの世界の美しさをまた味わったりするように。
わたしたちは、癒されなければならない存在ではなく、「癒される体験を楽しむ」ことができる主体的な存在なのだ、わたしは今、そう思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことがたくさん起こります☆
感謝をこめて。