
わたしがうとうととまどろんでいたときにみた、ひとつの物語を分かち合いたいと思います。
わたしたちは、魂という存在を、自分の外側にみるようです。
イメージするといってもいいのかもしれません。
例えば古くから、宗教画には、天使として人の周りに描かれていることがよくありますし、
霊能者が守護霊をみるとき、その人の肩や後ろにみるものです。
魂は、エネルギーですから、本来は形をもっていません。
氷から水へ、そして水蒸気へとエネルギーを増すことで、どんどんと形はなくなり、拡散していきます。
ですから、肉体という物質を離れた意識、魂というものが存在するとしたなら、形を保つというエネルギーの浪費がなくなり、より自由になれるために、形はなく、宇宙と一体となり、無限に拡散して、とけ込んでいるはずなのです。
聖堂の壁面いっぱいに、描かれた天使の像をご覧になったことがあるでしょうか。
あの空いっぱいにひしめきあう天使たちが示しているのは、もしかしたら、このことなのかもしれません。
ですが、例えば受胎告知に聖母マリアのもとにあらわれる大天使ガブリエルや、悪から守るために遣わされるとされる大天使ミカエルは、人のそばに描かれます。
人もまた、ご先祖さまや守護霊を自分の身近に感じるものですし、それを目撃する人もたくさんいます。
わたしが受け取ったビジョンでは、ひとが望むとき、魂のエネルギーは、わたしたち自身のエネルギーが引き寄せ、形をつくるようでした。
亡くなった方を惜しむとき、わたしたちの意識が、そこに、その人の意識を呼び、光のたまにしたり、もっと具体的なその人のイメージを結ぶようです。
また、事故で亡くなったかた、自死を選ばれた方など、わたしたちが、その旅立ちをこころから祝福できないとき、わたしたちの意識が、その意識を引き止め、この地上にとどめようとするために
「成仏できない」という状態を生み出してしまっているようでした。
つまり、天寿を全うした(といきているわたしたちが思う)方、天使、神様、などは、「あの世」にいるのが自然で、そこはきっと天国で、すばらしいことだと、わたしたちが思っているから、彼らはとても自由な存在で、そうでない人たちのことは、わたしたちが、「成仏できない」と思っているから、この世に引き止められている、というものでした。
例えば、水を思い浮かべてみてください。
固体であるときは、氷です。
ですが、エネルギーの状態によって、水にも、雲にも、まったくみえない空気の一部にもなってしまいます。
そして、雲になり、雨になり、川になり、海になり、わたしたちの細胞となってわたしたちを支えたり、あるときは、植物の中で、存在したり、自由自在に形をかえます。
わたしたちの意識の力は、まるで水がエネルギーによって、あらゆる形に姿を変えるように、人をつくり、幽霊をつくり、天使をつくるようでした。
目覚めてふと天井をみあげると、美しい空色をバックにたくさんの天使が描かれた天井画が浮かび、すうっと、空気の存在するすべての空間に光が存在するように、天使がたくさんうごめいているのが見えました。
天使、日本の神々、精霊たち、かつて亡くなった人たち、そしてこれからうまれてこようとする魂たち・・・。
ミケランジェロが最後の審判で描いた絵のように、今、この瞬間に、この空間いっぱいにいろんな「人」が存在しているのだということが、「わかった」のでした。
その瞬間、抑えることができないほどの喜びが、わたしのこころの深い部分からあふれてくるのを感じました。そして、「笑う」という言葉がしっくりこないほどの笑いがあふれてきて、止まらなくなりました。
この空間には、人だけではなく、すべてのいのちのエネルギーとでもいうのでしょうか。
あらゆる意識が粒子のように満ちており、互いに共鳴しあって、この世界を創っている。
そうはっきりと感じたのでした。
水が空気となって存在しているときには、自由にその分子はこの宇宙全体にひろがり、まざりあっていて、わたしたちが、必要としたとき、わたしたちが認知している形(天使だったり、守護霊さまだったり、ひかりだったり・・・)にわたしたちが、呼び寄せているのだと、わたしの真実として、はっきりとわたしのハートの深い部分にそのビジョンが刻まれました。
まるで、空気を集めて冷やすことによって、氷の粒にしてみたり、水にしてみたりと遊べるようにです。
わたしたちは、さらに水に美しい言葉を語りかけることで、その結晶の姿さえも、変えることができるといいます。
もし、そうだとしたら、わたしたちは、「わたしたち」を変えることは簡単なことなのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことがたくさん起こります☆
感謝をこめて。
