ある日瞑想していたら、こんなビジョンをみました。
わたしは海に泳ぐイルカでした。
でも、気になる苦手な人の存在を感じたのです。
その苦手な相手は、サメでした。
怖くて怖くて、わたしは逃げ惑います。
息をひそめて隠れたり、気配を感じたらさっと逃げたり。
わたし(のエゴ)が誰かに恐怖を感じているときと同じことを、
海の中にいるイルカのわたしもしていました。
結局、みつかって食べられてしまうのですが、
そのとき、こんな声が聞こえたのです。
「あなたはイルカではない。海なのだよ」と。
ああそうだった、と思いました。
苦手なあの人のサメが、イルカのわたしを食べたとしても、
どこまでも逃げ続けたとしても、
海は、なにも変わらないのだと。
イルカの形はなくなったとしても、
イルカは、どこかに消えたわけではなく、
やはり海の中にあるのでした。
それは、A Course in Miracles(奇跡のコース)のレッスンにある、
「わたしは身体ではありません」
という言葉を思い出させてくれるものでした。
わたしたちは、この世界のすべて、宇宙全体と同じあるにもかかわらず、
この身体というエゴの幻想を、自分だと信じていて、
それを守ろうと、躍起になっています。
自分が傷つけられないようにと、防衛という名目で誰かを威嚇したり、
傷つかないようにと、自分の世界に閉じこもって関わりを避けたり。
でも、本当は必要ないのだと気づきました。
目の前にあらわれたサメであるあの人も、イルカであるわたしも、
海の一部を凝縮し、形作った幻想にすぎなくて、
やっぱり、なんらひとつも違わない、海なのですから。
愛する人をクジラに見せているのも、苦手なあの人をサメに見せているのも、
「わたしたちは、特別で、あの人と、わたしは違うのだ」という
わたしたちのエゴなのです。
でもこの世界には、すべてを含む存在である海しか存在していません。
珊瑚も、白い砂も、魚も、クジラも、サメも、
「特別でありたい」というエゴの幻想にすぎません。
作り上げた幻想に、おびえたり逃げたりする必要はありません。
もし食べられたとしても、なにも変わりません。
だから今日は、あなたがもし、誰かのことを怖れているとしたなら、
あなたは、海なのだということを思い出してみましょう。
あなたがみているものは、あなたの怖れが生み出している幻想。
ほんとうは、この世界には、ひとりしか存在していません。
あなたは、わたしで、わたしは、あなたなのですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。