
「メールの返信はすぐせねばならない」
「いつも笑顔でいるべきだ」
「パートナーにはいつもオープンでいなければならない」
・・・
あなたには、どんな信念がありますか。
わたしは昔、ものすごくたくさんの信念を抱えていました。
「礼儀正しくあるべきだ」
「時間には正確に」
「仕事は一生懸命に」
「人には認められなければならない」などなど。
それこそ、わたしはたくさんの「ねばならない」を持っていて、
その理想こそが、自分自身だとすら思っていたかもしれません。
そして、虫の居どころが悪くて、誰かに礼儀正しくできなかった自分を責めたり、
クビを言い渡されたりしたときには、「生きている価値がない」くらい落ち込みました。
信念こそが、自分。
信念はあればあるだけ、自分という存在がはっきりとしていくような気さえしました。
ですが一方で、信念に振り回されることも同時に体験していたのです。
それは、特に自分以外の人に対してあらわれました。
礼儀正しくない人に対していらだったり、
マイペースで仕事をする人が好きになれなかったり・・・
好きになれない人をみつけるたびに、結局は自分が孤独になるのです。
ですから、当時のわたしは、自分は理想に邁進して
「素敵な人(だと思っている)」に近づけば近づくほど、
心をざわめかせる人があらわれて、内心はとても孤独でした。
その孤独感が底をついたころ、出会ったセラピーが、
信念を取り外すワークでした。
信念、価値観、思い込み・・・あらゆる観念を捨てていきます。
「部屋をきれいにしなければならない」
「仕事をしなければならない」
「人には親切にしなければならない」
という、持っていても問題のなさそうなものもすべてです。
ですが、自分自身の信念を手放すたびに、少しずつ楽になれるのもまた感じていました。
「誰かに腹がたつことは、自分自身に我慢を強いていること」
まさに、自分自身がエゴが描いた「理想の自分」にあわせるために、
自分自身のダメだと思っている部分を自分以外の人に投影しては、
感情を揺さぶられていただけだったです。
それに気づいたわたしは、少しずつ「理想の自分」を手放していきました。
あるがままでいいのだ、と心から感じられるようになったのは、
他人を裁いて、嫌な人で自分の周りを埋め尽くす孤独にうんざりしたからだと思います。
そして、厳格な(つもりの)わたしは、
考えられないような遅刻をしたり、
周りに大迷惑をかけて、今までほとんど口にすることがなかった「ごめんなさい」を
今までの人生分すべていうくらいの体験を通って、
少しずつ、理想としていた自分への旅路を、再びたどっているような気がします。
信念とは、青い海に浮かぶ氷山のようなものなのかもしれません。
水上にあらわれる浮かぶ姿が「こうあるべき」という理想、
水面下には、その姿を支えるだけのより大きな「そうではない」というコンプレックス。
ですが、わたしたちは、氷山ではないのです。
それは、エゴの創った幻想で、わたしたちは、たぶん海なのです。
たったひとつ、つながっているこの広い海。
エゴの創った氷山は、たくさん浮かんでいて、衝突を繰り返し、
すり減ったり、痛みを感じたりしています。
でも、やっぱり、その大きな氷塊も、海と組成をまったく同じくした海の一部。
壊れても、ぶつかっても大丈夫。
そのたびに、わたしたちは、本来の場所に還っているのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにすてきなことが、たくさん起こります☆
感謝をこめて。
