sunrise(変換後)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年がはじまりました。

今年の太陽はとてもパワフルで、この時期、表参道から昇る朝日の美しさに

毎日心が洗われるようです。

一昨年の年末から、とりあえず3週間と思ってはじめた毎朝の参拝も、1年をこえました。

はじめはわずかな坂道も息があがり、お休みしながら歩いていたことを思い出します。

日々は、変化がないように思えても、

1年を振り返ってみると大きな変化になっているものですね。

1年というまとまった時間、1つのことを続けてみると、

「自分のクセ」のようなものにもたくさん気づきました。

その中でも一番大きかったのは、

気分には、波があって、同じことが大変に感じられるときと、

それほどでもないと感じられるときが交互に訪れること。

そして、人の顔色は、自分の気分次第で、相手が好意的にも、

そうでないようにもみえたりすること。

でした。

「投影」という言葉があるように、

憧れや憎しみなど相手に対する強い感情は、

自分自身の心のあらわれだといわれていますが、

毎日、同じ時間にお会いする方に無視されたように感じたり、

嫌われているのかなと思ったこともありましたが、

翌日お会いしたらなにも変わっていなかったということもよくあり、

本当に人の表情というのは、自分自身の感情によって

まったく違った印象を受けるものなのだなぁとつくづく思ったのでした。

振り返ってみると、人間関係が苦手だった子どものころなどは、

「あの人はわたしのことを嫌ってる」と思い込んでは、

話しかけることができなくなったり、

そこまでではなくても、冷たくされたように感じて傷ついて、

自分自身の心も閉ざしてしまうことがよくあったような気がします。

人間関係の苦手な人は、わたし自身もそうであったように、

相手の態度によって自分の態度も決めてしまいがち。

相手が嫌っていると思ったら、声をかけるのもためらわれて、

ますます距離ができてしまいますよね。

でも本当は、自分自身の気分で相手の態度を判断していただけなのかもしれません。

自分自身のことを振り返ってみて、「もったいないことをしたなぁ」と反省しました。

毎朝、神社に参拝をするようになってから

誰かとの心の距離を感じたときは、

わたしは、「太陽をみよう」と決めるようになりました。

人には、自分自身の気分を投影しても、

太陽には投影しないのです。

気分のいい日も、それほどでもない日も、いつでも、太陽は太陽。

あの力強い朝日をみていると、自然と心のざわざわが消え、

前向きな気持ちになれました。

太陽は、ひかり。

完全なひかりには、人は投影しないものなのですね。

職業柄、投影される側もたくさん体験しましたが、

わたしがひかりになりきれたら、シャドウを引き出すことはないのかもしれないと思います。

人間関係には、その関係がリアルであってもバーチャルであっても

投影がつきものですが、わたしはこの方には投影できないのではないかと思う方が

おふたりいらっしゃいます。

それは天皇陛下と皇后陛下です。

おふたりの姿はいつも本当に神々しく美しくて、心が洗われるのです。

今年は生まれてはじめて一般参賀にいかせていただいたのですが、

本当にすばらしかったです。

この話は長くなりますので、またの機会にさせていただきたいと思います。

人は、人をみると自分の気分を投影してしまって

調子の悪いときほど、コンプレックスが引き出されてうまくいきません。

でも朝の太陽を拝する習慣は、コツもお金も必要なく本当に簡単にできて、

瞑想以上の効果がありますよ。

2015年も、みなさまにとって素敵な年になりますよう。

ありがとうございます。